両親は泣くなと僕に言った。

 俺はとにかく泣き虫だった。運動神経が皆無の俺はよく転び、よく泣いた。痒くても泣いた。少しでも気に入らない事があると泣いた。手のかかる子供だった。男のくせにビービー泣いていると両親は決まってこう言った。
「男が泣いて良いのは、お祖母ちゃんが死んだ時とお母さんが死んだ時と奥さんが死んだ時だけだ」
 小学生の頃、祖母が倒れ、長い植物状態を経て、死んだ。今際の際。最後まで祖母の意識が戻る事は無かった。呼吸が止まる。心停止音が鳴り響く。そのまさに瞬間、父が号泣した。父にとっては義母だったが、こういう事かと理解した。
 俺は泣けなかった。祖母が死んだ。悲しかった。だが涙は流れなかった。

 この先いつか母が死に、もしかしたら結婚して妻に先立たれる事があるだろう。
 その時俺は泣く事が出来るだろうかと、ふと思った。